初めて飲まれたのはいつ?知られざる日本のコーヒーヒストリー

初めて飲まれたのはいつ?知られざる日本のコーヒーヒストリー

栽培方法や飲み方の文化も変わり、日本ではコーヒーなど当たり前に存在する飲み物となりました。近年では「カフェイン依存症」という言葉も生まれ、コーヒーなしでは生きられないという大のコーヒー好きもいらっしゃいます。日本における知られざるコーヒーヒストリーについてみていきましょう。

日本にコーヒーが伝わった時期は不明

コーヒーが日本に伝わった時期ははっきりしていません。1804年、江戸時代に長崎からオランダ人の商人が伝えたとする説が有力だと言われています。オランダ屋敷に招かれた蘭学者がコーヒーを味わってみたという話です。1797年には、遊女がもらった「コヲヒ豆一箱」という記録もありますが、ここでは1804年の伝来説を採用しましょう。

日本人として初めてコーヒーを飲んだのは蜀山人・大田南畝という人物でした。このとき、彼は「コーヒーは焦げ臭くて味わう気にはなれない」という言葉を残しています。その後、コーヒーはすぐに根付きませんでしたが、しばらくすると薬としての価値を見出されるようになります。

天明3年、コーヒーが万病に良い薬であると書かれた文献が残されています。江戸時代末期には、オランダ商館にきていたドイツ人が、「日本人がコーヒーを飲まない理由は勧め方が悪い。コーヒーは身体に良いと説明したら飲むようになる」と言っています。

日本で初めて生まれた「コーヒー喫茶」

日本で初めてできたコーヒー喫茶は「可否茶館」というお店です。東京で開業しましたが、これが日本で初めて本格的な喫茶店が生まれた瞬間でした。わずか3年ほどで閉店してしまいましたが、コーヒーと牛乳入りのコーヒーを売っており、日本でのコーヒーヒストリーの先駆者として歴史に刻まれています。

明治時代中期になると、西洋文化が庶民にもなじみ、どんどんコーヒー喫茶が登場しました。「カフェープランタン」「カフェーライオン」などカタカナの名前のお店も増えてきます。中でも、コーヒーを低価格で提供していた「パウリスタ」は、現代でいう有名チェーン店のようなポジションだったそうです。

コーヒーは次第に大量輸入されるようになり、日本でも農園を持つ人が増えました。明治10年には18トンものコーヒーが輸入されており、40年代になると輸入量は80トン以上に増えたそうです。

戦時中の日本はコーヒー暗黒時代だった

日本で、一般市民にまでコーヒー文化が開花したのは、明治時代の終わりごろ。庶民にもコーヒーが飲まれるようになります。しかし、第二次世界大戦を目前に海外との関係が悪化し、1938年から輸入量は激減していきます。1941年以降には輸入が一切なくなり、戦後である1950年頃までは正規の輸入がありませんでした。

すでにコーヒー愛好家が多数いる時代だったので、彼らの需要を満たすために代用コーヒーが登場します。当時、コーヒーは贅沢品に指定されていたからです。コーヒーの代わりにとうもろこしや大豆などをお湯の中に放り込み、できあがったものを飲んでいたと言われています。代用コーヒーはコーヒーに見た目が似ているものの、香りや味わいなどはまったく違う代物だったのだそうです。

1942年、輸入は完全になくなりましたが、日本軍にのみ支給されるようになりました。食糧難も続いていたため、一般の庶民にはコーヒーなどお目にかかることもできない存在だったのです。

戦後の復興とともに、1950年コーヒーは再度輸入がスタートし、再びコーヒー文化が根付きました。輸入再開時には物品税が3%に引き下げられたことからどんどん豊かになっていきますが、自由な輸入はできません。戦後の混乱期はまだコーヒーが自由に飲める時代ではなかったと言われています。

今では当たり前のように存在しているインスタントコーヒーは、1956年になって初めて日本で販売されました。インスタントコーヒーを開発したのは日本人である加藤サトリ博士という方で、1901年当時にはアメリカ軍の携帯品として使用されていました。約50年もの歳月をかけ、やっと日本でコーヒーが自由に手に入る時代となったのです。1961年にはインスタントコーヒーの輸入が自由化され、今では当たり前になっているコーヒー文化が根付いたのです。

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